カテゴリ: 藤岡藤巻の基礎知識(標準編)

尾崎んち

あのね、「尾崎家の祖母」(おざきんちのババア)っていう“敬老の日“推奨ソングがあるんです。

「尾崎家の祖母」が世に出たのは1975年のこと。”まりちゃんズ”の2枚目のシングル「ひがみブルース」のB面だったわけです。

当時はまだジョン・レノンが健在だったんだけど、もし、彼がこの歌を聴いたとしたら「こんな歌はとても俺には作れない(I don't want to listen to this stupid song!)って言ってたんじゃないかって言われてる。それほどに突き抜けてたの。

で、同年に発売されたファーストアルバム「三巴狂歌」には、続編的な尾崎家の祖母 パートⅡ」が収録されました。

そして20年近くがすぎた1993年のこと。DJ赤坂泰彦さんが自分の番組で「尾崎家の祖母」をかけたら、それが何かウケちゃって、「みんなで老人を大切にしましょう!」とばかりに、「尾崎家の祖母 パート3」が作られることになったの。

メンバーは、すでに活動を停止してたオリジナルメンバーの藤岡さん、藤巻さん、尾崎さんが再結集して、赤坂泰彦さんが加わった4人。そしたらこれがそこそこのヒット!

でもね、ここで話は終わらない。パート3から約30年、パート1からは約50年となる2024年にクラウドファンディングで尾崎家の祖母 最終章が制作されたんだよ!

なにせオリジナルメンバーの藤岡さんと藤巻さんの年齢はといえば、「おざきんちのババアは七十二!」と絶叫してたのと同じ年だからね。

尾崎さんは既に音楽業界から遠ざかっていたから、制作メンバーは藤岡さん、藤巻さん、赤坂泰彦さんの3人。「やろうよ」と言い出したくせにダラダラと何もしない藤岡さんと藤巻さんの尻を、赤くなるほど赤坂さんが叩いてようやく完成したこのCD。

でもね、スタジオで藤巻さんが調子に乗って歌い出すと、パート1の頃と全く同じ声なの。こりゃ成功すると思ったね。

そんなわけで、「今度ライブやろうよ」って盛り上がったんだけど、そのままダラダラしていた藤岡さんと藤巻さんに「あれどうなったの?」って、赤坂さんが声をかけてくれて、また尻を叩かれながら、2025年の夏に代官山で藤岡藤巻ライブをやったわけです。

そしてこのライブでは赤坂さんがドラムでゲスト出演! 3曲(「おざきんちのババア パート3」「イメージの宴」「ラシドの歌」)を叩きまくって会場は盛り上がったの。

なにせ赤坂さんは“東京JAP“でドラマーだったんだもの。もし、この世にドラマーが赤坂さん一人しかいなかったとしたら、世界最高のドラマーは赤坂さんだと断言します!

で、ながながと書いちゃったけど、その時の「おざきんちのババア パート3」の映像がYouTubeで公開されました。世界最高のドラマーとイイ加減な藤岡藤巻の姿を見て、あなたも歴史の証人になりましょう!!

◇URLはここ!!



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サイト案内人のペン太です。

このサイトでは、藤岡藤巻藤岡孝章さん、藤巻直哉さんだけではなく、バンドのメンバーも直接に投稿したり、間接的に登場したりするわけです。だって助け合い型のサイトだから。

でもね、読み手にしてみれば、「藤岡藤巻のことが知りたいのに何でバンドメンバーが?」って思う人だっているでしょ。

だけど藤岡藤巻のバンドって、活動初期から殆ど変わってないわけ。つまりバンドは、いわば藤岡藤巻というユニットのメンバーであるともいえるのです。そんなわけで、バンドメンバーを紹介します。

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▪️羽生正貴(ベース、キーボード)
”藤岡藤巻”が、まだ”藤岡くんと藤巻くん”と名乗っていた2003年末からの最古参メンバーでバンマス。ミュージシャンとフリーダム派が共存する稀有な藤岡藤巻バンドのまとめ役でもあります。藤岡さんと共にレコーディング時の打ち込みにも活躍。藤岡藤巻が作詞作曲したファミマの「キチンとチキン」で、松浦亜弥にディレクションをしたのもこのひと。

▪️川島浩平(ドラム)
音頭から繊細なドラミング、あえてのリズム崩しまで、藤岡さんの無茶ぶりにも必ず答える凄腕ミュージシャン。2007年4月から藤岡藤巻バンドに加わった不動のドラマー。”スイスカメラ”というイカしたバンドのメンバーでもあります。超常現象研究家でもあって、界隈では“オカルト川島“とも呼ばれてます。

▪️後藤喜男(ギター)
通称“ごっつあん“。元テレビマンで、とんねるずの『ねるとん紅鯨団』などをプロデュースしてた。1999年のセガ(ドリキャス)のCMで、「ぼくの名前を知ってるかい?後藤喜男というんだよ。後ろの藤に喜ぶ男、後藤善男というんだよ!」っていう謎の“後藤喜男キャンペーン”があったけれど、その人です。2019年9月から三代目のギタリストとして参加。公式x(ツィッター)も担当。

▪️静 炉巌(コーラス)
いかめしい字面なのに、読みは”せいろがん”。2004年の藤岡藤巻の活動開始時から、彼らと毎週のように集まっては、楽曲ネタ、面白ネタ作り、企画などに参加。藤岡藤巻のラジオ番組「一フジ二フジ三オヤジ」(文化放送)にも毎週出演していた。いつの間にかコーラスとしてバンドに加わっているが、バンド内では藤巻さんと同じフリーダム派なので、音楽へのこだわりはあまりなさそう。



<Special お手伝い>
・ゴローさん
ビジュアル系音楽雑誌「Vicious」の初代編集長で、音楽知識の宝庫。藤岡藤巻のライブで音響や物販をお手伝いしていただいてるありがたいお方。回文のブログまで書いてる不思議なヒト。

バクザン
蒲田温泉」の歌を歌う妙な人。『オザキンちのババア 最終章』の制作が無事に進行したのは、彼のスタッフ的なフォローのおかげです。大森のフォーク居酒屋「風に吹かれて」で、時々、料理人もやってます。彼が作るオムライスは、藤巻さんの大好物。

🔹萩原ペン太(サイト案内人)
音楽評論家。かつて呉エイジ氏(「我が妻との闘争」著者)と静 炉巌氏が共同で制作した「バカペラCD」(バカなアカペラ)に感銘して音楽評論家の道へ。カリフォルニア留学中に藤岡藤巻の音楽に触れ、歌詞に込められた哲学に共感したことから、帰国後にサイト運営に協力することに。

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